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西岡VSムンローV5防衛戦怒涛の連打 [ボクシング]





世界王座獲得の初防衛戦からの4連続KO防衛は、日本人初の快挙。5連続を期待された試合でしたが、チャンプ!西岡利晃氏のラッシュも凄いですが、ランキング1位の英国のチャンレンジャー、ムンローの粘り根性も凄いですね〜!。

圧倒的強さで、若き頃から世界王者確実と言われ、ボクシング界、ファンから有望視されていた西岡利晃氏ですが、世界の壁は厚く、WBC世界バンタム級王座挑戦に4度失敗。5度目にしてチャンプになり、2011年10月現在、7度の防衛を堂々!重ねております。

そして2011年10月1日、アメリカネバダ州ラスベガスMGMグランドホテル&カジノにてメインイベントでの防衛戦!、世界2位にランクされるラファエル・マルケス(メキシコ)40勝(36KO)6敗を相手に、日本人ボクサーとして初となる、アメリカでの防衛に成功した歴史的!快挙!。西岡利晃チャンプ!おめでとうございます!素晴らしい。

◎西岡利晃氏
2011年10月現在 46試合39勝(24KO)4敗3分






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拳闘 ルーベン・オリバレスVS金沢和良 漢!金沢和良あっぱれ [ボクシング]





メキシコの英雄、ルーベン・オリバレスはWBA・WBC世界バンタム級、WBA世界フェザー級、WBC世界フェザー級の2階級制覇した王者。その高いKO率から徒名は「ミスター・ノックアウト」。

52戦51勝49KO1分の戦績を引っ提げ、1969年8月、ライオネル・ローズが持つWBA・WBC世界バンタム級王座に挑戦。5回KO勝利で王座を奪取。1971年10月25日、愛知県体育館でのこちら金沢和良氏との防衛戦は、ここまで68戦66勝61KOと圧倒的なKO率を誇っていたオリバレスに、以前対戦してる時は2Rノックアウト負け、金沢和良氏に全く勝ち目はないと下馬評では言われておりましたが、14Rまでもつれる大乱戦、結果はオリバレスがノックアウトで勝ちましたが「日本ボクシング史上に残る世紀の死闘」と伝わっている、金沢和良氏の大健闘を観る事ができます(この年の年間最高試合に選ばれました)。

しかし、凄まじい試合でございます。

今だったらレフリーストップになっているのではないか?とも思いますが、しかし、ふらふらの金沢和良氏が反撃してる以上、パンチを繰り出してる以上、しかもオリバレスにパンチが当たってる以上、レフリーも止められなかったのか?とも素人考えで思えたりもする、もの凄い試合でございます。金沢和良氏、14R、2度目のダウンで立ち上がって大きく口をあけ、何を叫んでいたのでしょうか?。意識はあったのでしょうか?。




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具志堅用高 世界戦KOダイジェスト 蘇るカンムリワシ伝説 [ボクシング]





強い!今みても凄い!。とてもJr.フライの世界戦とは思えない迫力とKOシーンですね〜。素晴らしい。具志堅用高 は歴史に残る名ボクサー、チャンピオンでございます!。


具志堅用高 プロ戦績
24戦23勝(15KO勝ち)1敗


◯wikipediaより引用流用

沖縄県石垣市(石垣島)生まれ。地元の中学卒業後、沖縄本島に渡り興南高等学校に入学。上原康恒の実父上原勝次や金城真吉、仲井真重次の特訓で天性の素質が開花。3年次でインターハイ・モスキート級優勝。同校卒業後に上京する。拓殖大学商学部の体育推薦入試に合格していたが、入学を辞退し協栄ジムに入門。

1974年5月28日、プロデビュー。

1976年10月10日、9戦目で世界初挑戦。"リトル・フォアマン"の異名を持つWBA世界ジュニアフライ級王者ファン・ホセ・グスマン(ドミニカ共和国)に挑む。挑戦者が開始当初から軽快に動き回り、2回、4回にダウンを奪う。7回、3度目のダウンを奪ったところでKO勝ちとなり、沖縄県出身者初の世界王者となった。試合後「ワンヤ、カンムリワシニナイン(自分はカンムリワシになりたい)」と話したことから「カンムリワシ」の異名がついた。なお、9戦目での世界王座奪取は当時の国内最短記録となった(現在は井岡一翔の7戦目)。

1979年1月7日、2度目の防衛戦でも対戦したリゴベルト・マルカノ(ベネズエラ)を7回KOに降し、7度目の防衛に成功。当時の日本人世界王者の最多防衛回数を更新(それまでの最多防衛記録は小林弘、輪島功一の6度)。

1979年4月8日、アルフォンソ・ロペス(パナマ)を7回KOに降し、8度目の防衛に成功。1977年10月の3度目の防衛戦からこれで6連続KO防衛となった。「世界王座6連続KO防衛」は日本人世界王者では具志堅しか達成していない(2010年末現在)。

1980年6月1日、マルチン・バルガス(チリ)を8回KOに降し、12度目の防衛に成功。ジュニアフライ級の世界王座防衛回数世界新記録(当時)を達成[2]。その後、10月12日にはペドロ・フローレス(メキシコ)を15回判定に降し、13度目の防衛にも成功(世界王座防衛13度は日本人世界王者の最多記録で、現在も破られていない)。

1981年3月8日、14度目の防衛戦で地元沖縄県での凱旋試合が実現。前回の防衛戦で対戦したフローレスと再戦。回が進むにつれ、挑戦者のプレッシャーをかわし切れなくなっていく。8回に最初のダウンを奪われると、迎えた12回、挑戦者の右ストレートをまともに浴びて2度目のダウン。辛くも立ち上がり試合続行に応じたが挑戦者の追撃に襲われる。ここでセコンドからタオルが投入され世界王座陥落。この試合を最後に現役を引退した。

引退後は解説者として活躍する一方、芸能界でのタレント活動にも参加している。1994年には日本人初のボクシング世界王者でもある白井義男と共同で「白井・具志堅スポーツジム」を開設。現在は同ジムの会長として後進育成に力を入れ、元日本スーパーフライ級王者の名護明彦、元OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者の嘉陽宗嗣らを育てている。

2010年4月から太田プロダクションと契約を結び、本格的なタレント活動を開始。同年6月に『クイズ!ヘキサゴンII』に出演すると、そのマイペースなキャラクターと珍解答で注目されてそのまま準レギュラーとなった。『ヘキサゴンII』には常連出演者となる前にも数回出演経験がある。

2010年5月に日本における元世界チャンピオン達と、プロボクシング・世界チャンピオン会を設立した。




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長谷川穂積VS世界1位マリンガ 脅威の1Rノックアウト勝ち! [ボクシング]





3試合連続ノックアウト勝ち、長谷川穂積氏の衝撃の1RKO。

2005年4月16日、判定でウィラポンを下し、黄金のバンタム!WBC世界バンタム級王者になってから、約5年間、10連続防衛の金字塔をうちたてた長谷川穂積氏の8度目の防衛戦。1位の指名挑戦者ブシ・マリンガを、なんと1Rで倒し防衛を果たした、こちら鮮烈な試合!。

この頃の長谷川穂積氏、本当に!むちゃくちゃ!強かったですね。9度目の防衛戦、アメリカのネストール・ロチャも同じく1Rノックアウト勝ち!。2戦連続初回KO防衛はバンタム級世界戦史上初!の快挙。6度目から10度目の防衛迄、1Rノックアウト2回。2Rノックアウト2回、4Rノックアウトが2回という、正に!無敵の強さを誇っていた長谷川穂積氏。

その後、11度目の防衛に残念ながら失敗、王座を陥落するも、2010年11月26日、フェザー級転向と日本人初、飛び級での2階級制覇も達成!。フェザー級初防衛失敗後、2011年現在、進退保留中ですが、、、

長谷川穂積 33戦29勝(12KO)4敗
世界フェザー級 WBC2位、WBA5位

世界の強豪ひしめく黄金のバンタムでの10連続防衛は、快挙、偉業だと思っております。

ちなみに、日本チャンピオンでも、ボクシングだけで食ってくのは難しいと言われる世界ですが、世界王者になる前からアルバイトをしていた神戸市内の時計店に、高額なファイトマネーが入るようになった、世界王者になってからも辞められずアルバイトを続けていたという逸話は、漢!長谷川穂積氏の人間性を感じる、管理人は好きな逸話でございます。




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モハメド・アリ vs. フォアマン ザ・グレーテスト(1977) [ボクシング]





アリが勝つというより、フォアマンが負ける、それもリングに倒れて負けるなんて当時、全く!想像もできなかったですね。

ここまでジョージ・フォアマン、プロデビュー以来40戦全勝。37KO勝ち。

対フォアマン戦まで29戦全勝。無敗の王者だったジョー・フレージャーを、僅か2ラウンドKOで倒し、統一世界ヘビー級王座を獲得したフォアマン。東京・日本武道館で行われた、ホセ・ローマンを相手にした統一世界ヘビー級王座初防衛は、1RKO勝ち。

そして、それまで32戦30勝2敗。モハメド・アリとの2試合を1勝1敗(共に判定)後の、こちらも強豪のケン・ノートンとの防衛戦も僅か2Rで、圧勝のKO勝ち。アリ戦までの最近8試合は全て!2R以内にKO勝ちを続けていた、「象をも倒す」と言われたハードパンチャー、ジョージ・フォアマン。

対するアリも、ここまで46戦2敗の強さでしたが、無敗のアリに判定で初めて!黒星をつけたジョー・フレイジャーと、アリのもう1敗の相手、ケン・ノートンを、共に2RでKO、圧勝したフォアマンに、全盛期を過ぎつつあったアリが勝てるなんて、当のアリ以外、誰も思っていなかった。いや、「殺されるからやめろ」と言われていたほど、その挑戦は無謀と言われていたわけで、映像にも残ってる入場シーン。セコンドの連中へのアリの一言、「みんななにを怖がってる。葬式に行くみたいだぞ」。

当のアリ以外、フォアマンに勝てるなんて、誰も思ってなかった証拠ですね。


モハメド・アリ―その生と時代 (上) (岩波現代文庫―社会)

が!試合はアリの言ってる通りの展開になり、誰もが思っていたアリではなく、無敵無敗のフォアマンがマットに沈んだと。ボクシング、拳闘は本当に!深い!と思わせた、素晴らしい試合でした。

みての通り、フォアマンのハンマーパンチ、両手でガードし、顔面はスエーでよけてるアリのフットワーク凄いですね!。1発もしスエーでかわせないでもらってたら、それで試合は決まっていたでしょう。アリは凄い!。

ちなみにアリは引退するまで、判定負けはあっても、KO負けが一度もない。凄いボクサーなんです。






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ジョージ・フォアマンVSケン・ノートン と リングサイドのモハメド・アリ [ボクシング]



しかし、今みても凄いですね。この頃のジョージ・フォアマンのこの強さ!、、、

ジョージ・フォアマンのもの凄い圧倒的強さ!、ハードパンチャーぶりも、みての通り凄いですが、後半、リングサイドで次にフォアマンと対戦が決まっていた、モハメド・アリの、この所謂「ビッグマウス」ぶり。

御承知の通り、アリのこの「ビッグマウス」通りの試合結果で、この無敵の!フォアマンを倒し、チャンピオンに返り咲く「奇跡」を起こしたわけですが、この時、アリが負けたジョー・フレイジャー、アリが苦戦したケン・ノートンを共に、フォアマンは僅か!数分でノックアウト、しかもみての通りの、圧倒的強さで勝つ、化け物ぶりをみせつけていたので、既に峠は越えたと噂されていたアリは、「殺されるから挑戦はやめるべきだ」と、誰からも!言われ思われていたわけで、少年だった私も思ってました。

だから!アリは偉大なのです。

拳闘も奥が深いスポーツだと、子供心に痛感させてもらった、この頃の一連のヘビー級ボクシングでした。


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